こんにちは。めいげつです。

ダイグロシア」。2つの言語や方言が混在する状況を表す際に使われる言葉ですが、単なる2言語併用や2言語共存を指す「バイリンガル」とは似て非なる言葉です。

一見何かの聞きなれない病名のような物々しさをもつ言葉ですが、実はこの「ダイグロシア」、日本人を含む多くの人に関係する言葉です。では、「ダイグロシア」一体何なのでしょう。

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ダイグロシアとは?

ダイグロシア(diglossia)とは、社会言語学の用語です。

ダイグロシアはアメリカの言語学者チャールズ・ファーガソン(Charles Ferguson)が〇〇年に提唱したもので、2つの言語、または2つの言語変種がそれぞれ違った役割を与えられて共存している状態をいいます。

ここの言語変種というのは、方言や標準語といった、「〇〇語」の中に存在するバリエーションをさす言葉です。

ファーガソンはこのダイグロシアを「the use of two varieties of a language in the same speech community」すなわち「単一の言語の異なる2つのバリエーションを1つの言語共同体の中で使い分けること」としています。(Ferguson, C. A. (1959). Diglossia. WORD. London: Routlege.)

そしてその2つある言語(言語変種)の片方をH変種、もう片方をL変種に分けています。High=高いとLow=低いですね。ようするにどちらかに高い社会的地位があって、もう一方には低い社会的地位が与えられているわけです。

H変種となる方は社会的地位が高いほう、つまりメディアや教育の場で使われたり、宗教的な状況で使われるバリエーションを指します。H変種は文語であることも多く、正書法を持っているのも主にこのH変種です。

H変種は人々が学校教育を通して習得する言語で、そういう意味で人工的といえます。H変種には体系的な文法があり、辞書があり、そして豊富な文学もありますね。

いっぽうL変種、つまり社会的な地位が低いほうは、主に家庭などで使われる口語です。主に口語として使われるので、正書法があるかどうかはまちまち(恐らく無い場合のほうが多い)。L変種は親や友人との会話を通して、いえば自然に体得します。

このように2つの言語(言語変種)を高低で分けているあたり、2つの言語に特に優劣をつけないバイリンガルとは違っています。

ダイグロシアの例

ダイグロシアは世界中に存在します。

先ほど紹介したファーガソンは、論文の中でアラビア語、現代ギリシャ語、スイスドイツ語、ハイチ・クレオールの4つの例を紹介しています。

これら4つのケースではどれも、2つの言語変種があり、片方に高い地位(主に文語やメディア、教育)が、もう片方に低い地位(家庭などで使われる口語)が与えられている状況になっています。ざっとまとめるとこんな感じ。

ダイグロシアの例(Ferguson(1959)より改変、拙訳)
言語H変種L変種
アラビア語正則アラビア語(フスハー)口語(アーンミーヤ)
現代ギリシャ語カサレヴサディモティキ
スイスドイツ語標準ドイツ語スイスドイツ語
ハイチ・クレオールフランス語ハイチ・クレオール

ここでのH変種(正則アラビア語、カサレヴサ、標準ドイツ語、フランス語)は、メディアや教育の現場で使われます。文学が豊富にあるのもH変種たちです。正則アラビア語はコーランの文章にも使われていることで有名ですね。

L変種(アーンミーヤ、ディモティキ、スイスドイツ語、ハイチ・クレオール)はどれも口語として使われることが多い言語変種です。

また過去に目を向ければ、様々な例が出てきます。

たとえばローマ帝国崩壊後の南ヨーロッパ。ローマ帝国の公用語だったラテン語は日常の話し言葉としてはほぼ死んだものの、書き言葉や教養のある人の共通言語となりました。一方エリート以外の人々は、ラテン語から派生した「俗ラテン語」を話していました。今日のイタリア語、フランス語、スペイン語などに通じる言語たちです。

僕が一年間留学していたフィンランドでは、スウェーデン語やラテン語がエリートや貴族の言語として使われ、フィンランド語は農民などの非エリートたちの言語でした。これは2つの「言語変種」ではなく2つの「言語」が絡んだ例ですね。

日本でも、漢文がエリートの教養としてもてはやされていた時代がありました。現在の日本は、ファーガソンのいうダイグロシアとは少々違うようですが(標準語と方言が共存している状態なので)。

しかし日本でも海外からの移民が増えるにつれ、彼らの母語対日本語という構図が出来上がることも考えられます。

ルクセンブルクの例(ポリグロシア)

わざわざ見出しを作ってまで紹介したかったのがヨーロッパの小さな大国、ルクセンブルクの例。(社会)言語好き&ヨーロッパ被れの私にとって非常の興味深いケースです。

ルクセンブルクでは、家庭や学校ではルクセンブルク語、仕事の場面ではフランス語、書き言葉フランス語とドイツ語が使われる(+英語も使われる!)と言われます。

こういう複数言語に役割があてがわれた状況はダイグロシア(矛盾)の場合はポリグロシア(polyglossia)と呼ばれます。ポリはギリシャ語由来の接頭辞で「複数」という意味ですね。ポリグロシアは、「多言語話者」を意味するポリグロット(polyglot)と同語源といえそうです。

フランス語に関しては昔から特権的で、法律は全てフランス語で書かれ、翻訳がある場合はフランス語のもののみが効力を有する、ともされています。

ルクセンブルクの学校では教科ごとに違う言語で授業が行われたりするのだとか(BBCの「The Superlinguists」という番組でその様子がレポートされています)。

このようにルクセンブルクでは言語ごとに役割がはっきりしている……と言われるけど、どうやらそう簡単ではないらしいです。

ルクセンブルク国立統計経済研究所による2013年の調査では、日常生活(家庭、仕事、学校のいずれかor全て)でルクセンブルク語を使う人は70.5%いたものの、フランス語を使う人は55.7%、ドイツ語は30.6%いたとのこと。

こうした状況は数年そこらで変わるものでないと思うので、現在も同様の状況ではないかと考えます。

どうやらシンプルにルクセンブルク語=家庭、フランス語=仕事や公的な場面、書き言葉=フランス語やドイツ語という図式が成り立つわけではないようです。

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まとめ

いかがでしたか? 今回はバイリンガリズムとは似て非なる概念である「ダイグロシア」を紹介しました。

グローバル化の波に揺られてマルチリンガリズムばかりが注目されますが、他の言語がかかわらずとも言語の境界というものは少なからず存在するのですね。

参考文献

  • Ferguson, C. A. (1959). Diglossia. WORD. London: Routlege.

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