こんにちは。めいげつです。

日本がフィンランドの独立を承認したのは1919年の5月23日。平成と言う時代が終わる今年2019年に、日本とフィンランドの国交樹立から100周年を迎えます。

ヨーロッパの日本とも呼ばれ、日本と似ているとも言われるフィンランド。とはいえ両国は大国ロシアの東と西。時差も7時間あり、文化や言語、社会制度や生活習慣など様々なところに違いがあります。

そんな遠く離れた日本とフィンランドの間にも、歴史の中で、そして現在でも意外なところでつながりがみられます。それでは順を追って見てみましょう。

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日本史でおなじみのラクスマンはフィンランド生まれ

キリル(エーリク)・ラクスマンの肖像画
キリル・ラクスマンの肖像画。from Wikimedia Commons

日本史の授業で、江戸時代の辺りに登場したラクスマンを覚えていませんか?

日本史で習うのはおそらく、大黒屋光太夫を日本に送り届けた方のラクスマンでしょう。ただそちらはアダム・ラクスマン(Adam Laxman)で、彼はロシア生まれ。フィンランド生まれなのはその父親の方です。

名をキリル(エーリク)・ラクスマン(Kirill(Erik) Laxman)といい、彼はロシアに漂着した日本人の船乗りたちを、ロマノフ朝の女帝エカチェリーナ2世の元に送り届け謁見させた人。彼は息子のアダムとは違い、当時スウェーデン王国の東の州であったフィンランドの生まれでした。

もちろん彼が生まれた時代 のフィンランドは、当時はスウェーデン王国の一部でした。それに彼自身はスウェーデン語話者だったので、彼を 「フィンランド人」とみなすべきかは難しいところです。

文献やウェブサイトによっては息子のアダムもフィンランド人としているものもあり、一方彼をスウェーデン人としているものもあるようです。

彼が「フィンランド人」だったかどうかは置いておいても、江戸時代にも現フィンランド出身者と日本人との間に交流があったということは、驚きに値することではないでしょうか。

北海航路を開拓したノルデンショルドは、横浜に降り立った

流氷の海と砕氷船
12019 / Pixabay

世界的に名の知られたフィンランド出身者に、アドルフ・エリック・ノルデンショルド(Adolf Erik Nordenskiold)という人がいます。

この人は、北ヨーロッパから北海(北極とロシアの間の海)を通ってアジアに到達する海路、通称北東航路を開拓したことで有名な人。彼は当時ロシア帝国の支配下にあったフィンランド大公国の首都、ヘルシンキの出身です。

スウェーデンのヨーテボリ(Göteborg)を、1879年に出発した偉大な探検家ノルデンショルド。彼のアジアでの最初の到達地点は、なんと横浜。明治維新の動乱も冷めやらぬ日本の港町に、フィンランド出身の冒険家が降り立ったのです。北東航路を開拓し無事アジアに到着した彼は温かく迎えられると共に、時の人となりました。

彼はその後神戸や長崎などに寄港した後、東南アジアを経由する航路を通って、1880年にストックホルムに到着しました。

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新渡戸稲造が関わったオーランド諸島問題

オーランド諸島の旗
OpenClipart-Vectors / Pixabay

1917年にロシアからの独立を宣言したフィンランド。ですが当初から問題は山積みでした。

その問題の1つが、フィンランド本土とスウェーデンとの間に浮かぶ群島、オーランド諸島の帰属問題。この群島は住民のほとんどがスウェーデン語のネイティブ。フィンランド独立以前も、オーランド諸島はロシア帝国内のフィンランド大公国に属していました。

しかしフィンランドの独立をきっかけに、スウェーデンへの帰属を願う声が挙がってきました。スウェーデン政府もそれを支援します。

当事者間では解決しそうになかっため、スウェーデン政府の要望により当時発足したばかりの国際連盟が介入。その結果、オーランド諸島はフィンランド領となったものの、オーランド諸島の文化や言語を保持し大幅な自治を認めるということで決着しました。1922年のことです。

この当時の国際連盟の事務次官を務めていたのが、『武士道』を英語でしたためたことでも有名な新渡戸稲造。彼が中心となってこの問題を解決したことから、この調停は「新渡戸裁定」と呼ばれています。

オーランド諸島の文化や習慣、自治権は今でもなお保たれています。公用語は今なおスウェーデン語の1言語のみという、フィンランドでも特別な場所となっています。

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「命のビザ」杉原千畝もフィンランドに滞在

外務省勤務時代の杉原千畝の肖像
from Wikimedia Commmons

ポーランドから押し掛けた難民6000人に「命のビザ」発給したことで有名な在カウナス日本領事(当時)、杉原千畝。

ロシア語を完璧に操りソ連の事情に精通した彼はリトアニアでの難民へのビザ発給や諜報活動で有名ですが、彼はリトアニアに来る前は、フィンランドで活動していました

1937年杉原は在モスクワ日本大使館での勤務のためソ連への入国を試みるも、ソ連から「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人)」を発動=入国を拒否されます。そのため勤務先がヘルシンキに変更となり、そこの日本公使館の二等通訳官として勤務することになります。

当時のヨーロッパは共産主義のソ連と反共と反ユダヤを掲げるナチスドイツが台頭し、非常に不安定な状況となっていました。

そのため、ソ連とドイツの間にある中立国フィンランドが、地理的に両国についての情報収集に最適だったとのこと。

ヘルシンキでの勤務を始めたのが1937年でリトアニア入りしたのが1939年ですから、およそ2年ほどヘルシンキで過ごしました。次男が生まれたのも、ヘルシンキ滞在中の事でした。

余談ですが、杉原はフィンランドの事を「水と音楽とスポーツの国」と記しています。フィンランドは新しい国家でありながら、国民は非常に文化的に成熟した人々だと杉原の目には映ったのかもしれません。

◆関連記事:『坂の上のヤポーニア』リトアニア人青年が100年前に夢見た日本【読書レビュー】

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第二次大戦ではフィンランドは枢軸国側だった(ただしドイツとは後に決裂)

ノルマンディー上陸作戦
WikiImages / Pixabay

第二次世界大戦の開戦直後、ソヴィエト連邦がバルト三国とフィンランドに侵攻しました。

冬戦争(Talvisota)」といわれれば、フィンランドに特別興味のない人も何となく聞き覚えがあるかもしれません。圧倒的な戦力差でありながら、地の利を活かした戦闘、鹵獲した武器も利用するなど数々の工夫を凝らしてソ連軍を退けました。

有名なフィンランドの白い死神シモ・ヘイヘ(Simo Häyhä)が活躍したのもこの頃。

冬戦争が決着した後、もう一度ソ連との戦争が勃発します。「継続戦争(Jatkosota)」です。

ソ連との2つの戦争の結果、フィンランドは東部国境沿いの領土を失います。割譲された領土の中には大都市ヴィープリ(Viipuri、現ヴィボルグ)も含まれていたので、フィンランドへの経済的ダメージは相当のものでした。

フィンランドは戦争の当初からドイツに協力を要請しており、国内にはドイツ軍が駐留していました。しかし継続戦争終結後はソ連の要求に応じるため、国内に駐留していたドイツ軍とラップランド戦争を開始。ロヴァニエミ等の都市が焼失するなど大規模な戦いの末、ドイツ軍を国内から一掃しました。

フィンランドは大戦中、このようにドイツとの複雑な関係を持っていました。終戦間際にドイツと敵対したにもかかわらず、開戦直後にドイツと協力したことからか、枢軸国つまり敗戦国として扱われるようになりました。

ドイツに占領されたけれど、のちに戦勝国に返り咲いたフランスとは立場が決定的に違いますね。

日本で大人気の、ムーミンのふるさと

ナーンタリのムーミンワールドにて
ナーンタリ(Naantali)のムーミンワールド(Muumimaailma)にて

日本で大人気の『ムーミン』シリーズ。アニメだけでなく、家具や小物にもムーミンの可愛らしいデザインが見られます。

そのムーミンの出身地はフィンランド。これはムーミンファンでなくとも有名な話かもしれません(2018年度センター試験の地理Bの問題は論争を呼びましたね)。ムーミンシリーズの原作者は、ヘルシンキ出身のスウェーデン語系フィンランド人トーヴェ・ヤンソン(Tove Jansson)。

ムーミンシリーズの始まりは、1945年に出版された『小さなトロールと大きな洪水(Småtrollen och den Stora Översväningen)』。翌年に第2作となる『ムーミン谷の彗星(Kometjakten)』が出版されて以降、10冊を超えるシリーズとなりました。

1969年に日本でアニメ『たのしいムーミン一家』が放映されて以降、ムーミンは日本で国民的と言って良いほどの人気を獲得。今年2019年3月には埼玉県飯能市に「ムーミンバレーパーク」がオープンするそうですから、その人気の高さがうかがえます。

遠く離れた日本でムーミンのアニメが人気であることに、トーヴェ自身はどう感じていたのでしょう。

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日本のアニメに浸透したフィンランド

一方日本のサブカルチャーにも、度々フィンランドがみられます。

アニメキャラの中にも、ときたまフィンランド人キャラクターやフィンランド語の名前を持ったキャラクターを見かけます。『ストライク・ウィッチーズ』や『棺姫のチャイカ』などなど。

一昔前には、ニコニコ動画から端を発したロイツマ(Loituma)というフィンランドのグループのIevan Polkkaがネットで一大旋風。『BLEACH』の井上織姫がネギを延々と振り回す動画が有名でしたね。

『ガールズ・アンド・パンツァー』の劇場版にはフィンランドをイメージしたと思しき「継続高校」の若き戦車道家が、「サッキヤルヴィのポルカ(Säkkijärven Polkka)」をカンテレで演奏するシーンもありました(継続高校の3人の名前が全員男性名なのは有名な話ですね)。

そういえば僕のヘルシンキ留学中に放送された『リトルウィッチ・アカデミア』では、ヘルシンキと思しき町も登場しました。サブタイトルを見た瞬間にハッとして、何だか不思議な感覚で見ていたのを覚えています。

フィンランドの選挙の前には日本語のPRアニメがつくられる

話をフィンランドに戻しましょう。

フィンランドは大統領制の国。現在はサウリ・ニーニスト(Sauli Niinistö)氏がその職に就いています。前大統領は同国初の女性大統領、タルヤ・ハロネン(Tarja Halonen)氏でした。ニーニスト現大統領とハロネン前大統領は、それぞれ2016年と2004年に来日もしています。

フィンランドでは、6年に1度大統領選挙が開かれます。フィンランド国営放送YLEでは、なんと大統領選挙の前に戦隊ものをイメージさせるアニメが日本語で放映されています。「低いパーセンテージ」とか「有権者の無関心」という名前のモンスターを、選挙の候補者たちが超人間的な身体能力や不思議な力(?)で倒していきます(ニーニストさんが指先からビーム撃ってる笑)。

日本語アフレコはフィンランドの人がやっているようです。

2018年の大統領選挙の時のアニメはこちら(Yle KIOSKI公式)。

北ヨーロッパの国で大統領選挙のアニメが日本語で作られているのは、嬉しいような訳がわからないような、不思議な感じですね。

地方選挙のバージョンもあるようです。興味のある方は「Kunnallisvaalit anime」で検索してみてください。

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まとめ:外交関係樹立100周年。日本とフィンランドの歴史的&現代でのつながり

いかがでしたでしょうか。今回は日本とフィンランドの交流が垣間見える8つの事実を紹介しました。なじみの深い歴史上の出来事からサブカルチャーまで。日本とフィンランドの距離は歴史上最も近くなっていると言えるでしょう(これは他の国にも言えますが)。

7時間の時差はあれど、飛行機に乗れば9時間ほどで行けてしまう日本に一番近いヨーロッパ。日本とフィンランドの国交樹立から100年を迎える今年、少し身の回りにあるフィンランドを探してみるだけでも楽しいかも知れません。

日本とフィンランドの国交樹立100周年といわれても多くの人はピンとこないかもしれません。しかし日本でも様々なことが行われています。

日芬国交樹立100周年を記念して、女優の小林聡美さんや、フィンランドで暮らすピアニストの舘野泉さん、スキージャンプ選手の葛西憲明さん、でんぱ組.incの藤咲彩音さんらフィンランドにゆかりのある芸能人が、親善大使に任命されました。日本とフィンランド間のさらなる交流活性化が期待されます。

2月には登坂広臣さんと中条あやみさん主演・フィンランドを舞台にした映画『雪の華』も公開されました。これから日本とフィンランドに関連したイベントはもっと増えるでしょう。

最後に余談ですが、現在日本とフィンランド国交樹立100周年の特設サイトから、国交樹立100周年記念ロゴの使用許可が申請できます。

今年の12/31で掲載を終了することや、非営利目的であることなどの条件付きですが。詳細は特設サイトへどうぞ。(この記事は2019年が終わっても消す気はないのでロゴは載せていません!)

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参考文献・ウェブサイト

石野裕子(2017)『物語 フィンランドの歴史 – 北欧先進国「バルト海の乙女」の800年』東京:中央公論新社

白石仁章(2015)『杉原千畝—情報にかけた外交官』東京:新潮社

宮崎満教(2007)『杉原千畝の真実:ユダヤ人を救った外交官の光と影』横浜:スポーツサポートシステム

Yle KIOSKI公式ツイッター https://twitter.com/ylekioski

ムーミン公式サイト https://www.moomin.co.jp/

杉原千畝記念館 http://www.sugihara-museum.jp/

世界史の窓 https://www.y-history.net/

駐日フィンランド大使館 http://www.finland.or.jp/public/Default.aspx?culture=ja-jp&contentlan=23

日本-フィンランド外交関係樹立100周年 https://www.japanfinland100.jp/

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