世界遺産に登録されているプラハの美しい旧市街、スメタナやドヴォルザークなどのクラシック音楽、安くて美味しいビールなど、様々な魅力を持ちファンも多いチェコ。
「ヨーロッパの心臓」のも言える中欧の国ですが、その言語となると意外と知らない方が多いのではないでしょうか。この記事では、チェコ語がどんな言語なのかを見ていきます。
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チェコ語を聴いてみよう
まずは細かい話は後にして、チェコ語がどんな響きをもつ言語なのか、聴いてみましょう。
チェコ語はスラヴ語
チェコ語はチェコで話されている
チェコ語が母語の人は約1000万人。そのほとんどがチェコ共和国内に住んでいますが、ポーランドやスロヴァキアなどの周辺国や、アメリカなどの国にも一定数居住しているようです。
チェコ語が公用語となっている国はチェコのみ。その他ポーランド、スロヴァキア。オーストリア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、ルーマニアで少数言語としての地位を認められています。
チェコ語は「インド・ヨーロッパ語族」の言語
さて、主に中央ヨーロッパで話されるチェコ語はどんな言語なのでしょうか。
チェコ語は、「インド・ヨーロッパ語族、スラヴ語派西スラヴ語群」の言語です。
いきなり専門的な用語が長々と並んでご登場したので、順を追って説明しましょう。
まずインド・ヨーロッパ語族(Indo-European language family)から。これはヨーロッパからアジアにまたがる多数の言語をまとめたグループです。「語族」とは、「(分かっている範囲内で)祖先を同じくする言語」のこと。
比較言語学の手法を使って各言語の単語をできるだけ起源まで遡っていき、どの言語が同じ祖先を持っているかを推定し、グルーピングするのです。
ヨーロッパのほとんどの言語がこのインド・ヨーロッパ語族に属しています。例外は系統不明のバスク語、ウラル語族のハンガリー語とフィンランド語、エストニア語、サーミ語、テュルク系のトルコ語など(他にも小さな言語がいくつかありますが)。
逆に言えばそれ以外のヨーロッパ言語は全てインド・ヨーロッパ語族なのです。
そしてはインド・ヨーロッパ語族はいくつかの下位グループ(「語派」といいます)に分けられます。代表的なのが、
- ゲルマン語派(英語、ドイツ語、スウェーデン語など)
- ケルト語派(アイルランド語、ウェールズ語、スコットランド・ゲール語など)
- イタリック語派(イタリア語、フランス語、ルーマニア語など)
- インド・イラン語派(ペルシャ語、ヒンディー語、ネパール語など)
- スラヴ語派(ロシア語、セルボ・クロアチア語、チェコ語など)
など。チェコ語はこの中で一番下に挙げた「スラヴ語派」というグループに入っています。
さらにスラヴ語派もまた、いくつかの下位グループ(「語群」といいます)に分けられます。単語や発音、文法などの観点で似ている言語が一括りにされるのです。そのかいグループというの3つありまして、それが、
- 東スラヴ語群(ロシア語、ウクライナ語など)
- 南スラヴ語群(セルボ・クロアチア語、ブルガリア語など)
- 西スラヴ語群(チェコ語、ポーランド語、スロバキア語、ソルブ語など)
……です。チェコ語は西スラヴ語群というグループに属する言語。ソルブ語というのは、ドイツの東部ポーランドとの国境近くに分布している少数言語です。
スラヴ語ってどんな言語?
スラヴ語の共通の特徴としてあげられるのが、
- 子音が続くことが多い
- 母音は多くない(5つほど)
- 名詞や形容詞が格変化する(格は6つ前後)
- 子音の口蓋化(いわゆる「柔らかい子音」)
……があげられます。これらについてはこの記事の後の方で詳しく書きます。
そして、スラヴ語どうしは、単語の形や変化語尾などの点でかなり似通っています。これはロマンス語(スペイン語、フランス語、イタリア語等)どうしが似通っているようなものですね。
チェコ語に近いのは何語?
前の項目で、スラヴ語どうしはとても似ているという話をしました。
チェコ語に特に近い言語は、隣国スロバキアのスロバキア語。どちらも同じ西スラヴ語で、発音や文字に違いがあるものの、ほとんど方言といって程度の違いしかないようです。下のサンプルテキストを比べてみましょう(読めなくても全く構いません)。
<チェコ語サンプルテキスト>
Evropská unie (EU) je rodina demokratických evropských států, které se zavázaly spolupracovat v zájmu zachování míru a prosperity. Není to stát, jehož cílem by bylo nahradit státy současné, ale je více než jakákoli jiná mezinárodní organizace.<スロバキア語サンプルテキスト>
EU languages | European union
Európska únia (EÚ) je spoločenstvom demokratických európskych štátov, ktoré sa zaviazali spolupracovať na dosiahnutí mieru a prosperity. Nepredstavuje štát, ktorý by mal nahradiť jestvujúce štáty, ale je čímsi viac ako ktorákoľvek iná medzinárodná organizácia.
よくよく見れば細かい違いが散見されますが、かなり似通っているのが分かるのではないでしょうか。
ちなみにスロヴァキア語にあってチェコ語にない文字は、ä, dz, dž, ĺ, ľ, ô, ŕの7文字。逆にチェコ語にあってスロヴァキア語にない文字はě, ř, ůの3つ。チェコ語の文字については、もう少し後で詳しく見ていきます。
「ロボット」はチェコ語
チェコ語から日本語に入った言葉はほとんどありませんが、一つだけ、圧倒的に使用頻度が高いものがあります。
それが「ロボット」という単語。日本語だけでなく、英語を含めた世界中の言語で使われていますね。
この「ロボット」という単語は、チェコの劇作家カレルチャペックの『ロボット』という作品が初出です。チャペック自身は、「ロボット」は兄ヨゼフの案だと主張していたようですが。
ちなみに『ロボット』原題は『R.U.R.(Rossumovi univerzální roboti、ロッサム万能ロボット)』。ちゃんとロボットという単語が入ってますね。
このrobotという単語は、ちゃこごのrobotnik「強制労働者」あるいはrobot「強制労働」からきていて、ロシア語のработа(ラボータ)「仕事、労働」のと近い関係にあります。
私たちは「ロボット」と聞くと機械的なものを思い浮かべますが、チャペックの『ロボット』の中では機械的な要素はあまりなく、どちらかというと有機的な存在です。
このrobotという単語には「奴隷」を表す単語とも関係があるらしいので、まあそういうことなのでしょう。
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チェコ語の文字は英語のアルファベット+α
チェコ語ではラテン文字が使われます。。ここまでは英語と一緒。
「ラテン文字」は自分たちが「アルファベット」とか「ローマ字」呼んでいるものの正確な名前。もともとラテン語で使われてたから「ラテン文字」なんですね。
ちなみに「アルファベット」とは、子音と母音といった音素を別々に一文字ずつ対応させて書く表音文字のことをいいます。
なので、「英語を書くのに使う文字」だけを指して「アルファベット」というのは正確ではないですね。ギリシャ文字や、ロシア語のキリル文字も「アルファベット」なんです。
ただし、チェコ語のアルファベット=英語のアルファベットではありません。まずはチェコ語のサンプルテキストを見てみてください(読めなくても全く構いません。というか読まずに「見て」ください)。
<チェコ語サンプルテキスト>
EU languages | European union
Evropská unie (EU) je rodina demokratických evropských států, které se zavázaly spolupracovat v zájmu zachování míru a prosperity. Není to stát, jehož cílem by bylo nahradit státy současné, ale je více než jakákoli jiná mezinárodní organizace.
どうやら文字の上に小さな点(というか「はらい」のようなもの)や小さな○、逆さまになった菅笠のような記号がついているのが分かるかと思います。
これがチェコ語に特徴的な記号で、それぞれにちゃんと名前がついていて、
- 「はらい」が「アキュートアクセント」または「チャールカ」
- 〇が「クロウジェク」
- 逆さの菅笠が「ハーチェク」
……と呼ばれます。チャールカとクロウジェクは長い母音(「アー」とか「ウー」)、ハーチェクは「チャ」「イェ」などの柔らかい子音(後で詳しく解説)を表します。
この記号を使ってチェコ語を書いた最初の人が、世界史でもおなじみのヤン・フス(Jan Hus)だと言われます。そう、フス派やフス戦争のフスです。
それ以前はchやschのように文字をいくつか組合わせて1つの音を表したり、1つの文字(たとえばc)を3通りに読ませたり、短い母音と長い母音の区別を無視したりしていました。ようするにチェコ語とは合わない書き方をしていたんですね。
こういった記号を使った書き方はスラヴ語にかなり相性が良いものでした。その後チェコ語のアルファベットは、ラテン文字を使う他のスラヴ語の正書法のモデルになりました。
たとえばクロアチア語、セルビア語、マケドニア語などでこのハーチェクが使われています。ちょっと比べてみましょう。
- チェコ語:Každý má všechna práva a všechny svobody, stanovené touto deklarací, bez jakéhokoli rozlišování…
- スロバキア語:Každý má právo na účinnú ochranu príslušnými vnútroštátnymi súdmi proti činom porušujúcim základné práva, ktoré mu priznáva ústava alebo zákon.
- クロアチア語:Svatko ima pravo tražiti i uživati u drugim zemljama utočište pred progonima.
- スロヴェニア語:Vsakdo je pri odločanju o njegovih pravicah in dolžnostih in v primeru kakršnekoli kazenske obtožbe zoper njega upravičen
- セルビア語:Niko ne sme biti podvrgnut mučenju ili svirepom, nečovečnom ili ponižavajućem postupku ili kazni.
- ボスニア語:Niko ne smije biti podvrgnut mučenju ili okrutnom, nečovječnom ili ponižavajućem postupku ili kažnjavanju.
- ソルブ語:Nichtó njesmě so podćisnyć ćwělowanju abo surowemu, nječłowjeskemu abo ponižowacemu wobchadźenju abo chłostanju.
どうでしょうか。逆さまになった菅笠が使われているのが分かりますでしょうか(ちなみにテキストはすべて世界人権宣言からとられていますが意味は必ずしも同じではありません)。
発音はとっても難しい
チェコ語の発音はかなり難しいです。
母音は日本語と同じく5つしかありません。aeiouの5つです。しかし難しいのは母音よりも子音のほう。
そして個々の子音よりも、子音が続くことが多いのが難点です。
以下、チェコ語の特徴的な発音をあげていきます。
世界でもチェコ語にしかない子音がある:Ř
「ハーチェク」という、笠を逆さにしたような記号がついたR(Ř)の音。これは、世界広しと言えどおそらくチェコ語にしかない音です。巻き舌のRとジャの音を同時に発音します。
やり方としては、巻き舌をしながら口を引き締めて、上下の歯が触れるまで狭めていけばできるはず。つまりチェコ語には巻き舌が2種類あるわけですね。
この音、あまりに独特なので、YouTube上にいくつか動画が挙がっています。
チェコ語ネイティブの子どもたちですら、Řの発音に難儀する子もいるそうですから驚きです。
硬い子音と柔らかい子音(口蓋化した子音)
軟子音=口蓋化した子音というのは、発音するときに舌の真ん中の面を、口蓋(口の上部の固いところ)に近づけて発音するものをいいます。
日本語の「拗音」つまり小さい「や(ゃ)」がつくものがそれ。「きゃ」「にゃ」「みゃ」のようなものです(「しゃ」と「ちゃ」は違うので注意!)。
この軟子音はスラヴ語に一般的。ロシア語のマトリョーシカの「リョ」、ワーニャ伯父さんの「ニャ」、ナディェージダの「ディェ」、サハリンの「リ」もそうですね。
チェコ語で軟子音が登場する単語はčtení「読書」(níの部分)やještě「まだ、未だに」(těの部分)が代表的。リンクをクリックするとForvoのサイトを別窓で開きますので、音声を再生してみて下さい。
ロシア語はこの軟子音が多いのですが、チェコ語は比較的少なめ。なのでチェコ語は「硬いスラヴ語」とも言うことができるでしょう。
čtvrtek、zmrzlina……子音が連続する複雑な発音
一般的にスラヴ語は子音の出現頻度が多い言語です。ロシア語ももちろんそうなのですが、チェコ語はされにその上を行きます。
stříbrný「銀の」のような子音3つの塊なんてもはや当たり前。čtrnáct「14」、čtvrtek「木曜日」は4つ、zmrzlina「アイスクリーム」はなんと5つ続くんです!
(ztvrdl「硬くなった」のように、語形変化の仕様で6つ続いちゃうのもありますよ)
チェコ生まれの有名なモグラのキャラクター・クルテクはKrtekと書きます。母音は1つしかありません。、
さらにすごいのが子音しかない文が成立してしまうこと(つまり母音がない)。
Strč prst skrz krk「指を喉に突っ込め」、Prd krt skrz drn, zprv zhlt hrst zrn「モグラが一掴みの穀物を飲み込んで、草むらを通しておならした」がそれです。
どうしてこんなことが可能かというと、RやLが母音の代わりをするから。RやLは継続して出し続けることができるタイプの音なので、母音の代わりにになれるのです。
上の文を見て頂ければ、単語の全てにLかRが入っているのが分かると思います。
アクセントは全部最初の音節に来るのでやさしい
ヨーロッパの言語は強勢アクセントを持つ言語が多いですね。日本人にはおなじみの英語もそうですし、チェコ語もその例に漏れません。
ただし、チェコ語はアクセントの位置が決まっていて、常に単語の一番最初の音節にあります。korunaならコルナ(コにアクセント)だし、mezinarodniならメズィナーロドニー(メにアクセント)と発音します。この点では日本人には楽ですね。
英語やロシア語のような、アクセントの位置が決まっていない言語と比べるととても簡単に思えてきますね。
- present「提示する、進呈する」 vs. present「プレゼントor現在のor出席している」
- object(動詞:「反対する」) vs. object(名詞:「モノ」)
- converse(動詞:「会話する」) vs. conversation(名詞;「会話」)
これはまだ序の口。同じスラヴ語でもロシア語はもっと複雑で、アクセントが単語によって違うだけでなく、何なら1つの単語でも変化形でアクセントの位置が変わるものもあるのです(!)。
- голова́「頭」→го́лову(単数対格)
- сторона́「側、サイド」→сто́роны(複数形主格)сторона́м(複数形与格)
- хоте́ть「ほしい、~したい」→хо́чешь(2人称単数)хоти́м(1人称複数)
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豊富な変化形……複雑すぎる文法
チェコ語の単語は変化が多いため、文法は複雑を極めます。
スラヴ語は格変化があると書きましたが、チェコ語では名詞が7つの格に変化します。単数形と複数形があるので、変化形は全部で14。
形容詞は7つの格×男性女性中性×複数形があるのでもっと多いです。もっとも、実際には重複する形が多いので単純計算よりは少なくなりますが。
動詞は主語の1人称2人称3人称と数、そして時制にあわせて変化します。ただし過去形は主語の性別で決まります。その他受動態や分詞もあるため、動詞には合わせて20以上の変化形があります。
試しにウェブの無料辞典Wiktionaryのjablko「リンゴ」、teplý「暖かい」、líbit「好む」のページを開いてみてください。DeclensionやConjugationのところをクリックすれば変化表がでてきますよ。
チェコ語フレーズ
最後に、チェコ語のフレーズをいくつかご紹介します。
- こんにちは……Dobrý den. (ドブリーデン)
- おはようございます……Dobré ráno… (ドブレーラーノ)
- こんばんは。……Dobrý večer (ドブリー ヴェチェル)
- おやすみなさい。……Dobrou noc (ドブロウ ノツ)
- 調子はどうですか?……Jak se máš?/Jak se máte? (ヤク セ マーシ / ヤク セ マーテ)
- 元気です。……Mám se dobře. (マーム セ ドブジェ)
- お名前は何ですか?……Jak se jmenuješ?/Jak se jmenujete? (ヤク セ イメヌイェシュ / ヤク セ イメヌイェテ)
- 私の名前はです。…… Jmenuji se __.(イメヌイ セ __)
- はじめまして。…… Rád tě poznávám / Rád vás poznávám (ラーッ ティェ ポズナーヴァーム / ラード ヴァース ポズナーヴァーム)
- 日本語/英語を話せますか?……Mluvíte japonsky/anglicky? (ムルヴィーテ ヤポンスキ/アングリツキ)
- トイレはどこですか?……Kde je záchod? (グデ イェ ザーホト)
- どうもありがとう。……Děkuji/Děkuju.(ディェクイ、ディェクユ)
- どういたしまして。…… Není zač. (ネニー ザチ)
- 今日は何日ですか?……Kolikátého je dnes?(コリカーテーホ イェ ドネス)
- 今何時ですか?……Kolik je teď hodin?(コリク イェ テティ ホディン)
- さようなら。……Na shledanou.(ナ スフレダノウ)
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まとめ
いかがでしたでしょうか。今回はチェコ語がどんな言語なのかという話をしました。
美しい街並みや多層的な文化でファンの多いチェコですが、チェコ語に本気で手を出してみようという人はかなり少ないような印象があります。
この機会に学んでみてはいかがでしょうか。
参考文献・ウェブサイト
- 金指久美子(2012)『チェコ語の基本 入門から中級の入り口まで』東京: 三修社
- 金指久美子(2014)『チェコ語のしくみ』東京: 白水社
- 黒田龍之助(2015)『チェコ語の隙間 : 東欧のいろんなことばの話』東京: 現代書館
- カレル・チャペック(1920)『ロボット(R.U.R)』千野栄一訳(1989)岩波文庫
- Czech National Revival – Wikipedia
- EU languages | European Union
- Online Etymology Dictionary
- Jan Hus – Wikipedia
- National Competence Centre Czech Republic – European Language Grid
- Reservations and Declarations for Treaty No.148 – European Charter for Regional or Minority Languages – Council of Europe
- The Universal Declaration of Human Rights – United Nations Human Rights Office of the High Commissioner
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