フィンランドが衝撃のPISAランキング1位(読解力の3分野)を果たしてからはや20年。『国際競争力レポート2001』で初の1位を飾ってからは19年。

最近のPISAランキングにおけるフィンランドはその当時に比較すると少し奮わないけど、それでも世界レベルで見れば全きトップクラス。

2000年代前半当時に比べて「フィンランド教育」が話題になることも少なくなってきた印象。それでもフィンランドといえば教育という人は一定数いるのでは。

当方フィンランドに留学していながら、当地の教育事情についてはそこまで詳しく把握していなかったので、フィンランド教育に関する本『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか(岩竹美加子著、新潮社)』を読んでみた。

結論から言うと、この本は明らかにタイトルで損してる。教育というテーマを中心にフィンランドの社会や歴史を俯瞰し、著者の経験も交えて伝えられる興味深い良著だった。

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子どもや若者の教育を軸にフィンランド社会を俯瞰する

フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』は、2019年6月出版という比較的新しい本。

著者の岩竹美加子氏はヘルシンキ大学で非常勤の教授を務める方で、息子さんを日本とフィンランドの2ヶ国で育ててきた。

僕はこの方の記事を現代ビジネスでいくつか読んだので、いちおう名前は存じ上げていた。

本書の内容をざっとまとめると、親として子どもにフィンランドの教育を受けさせた経験を交え(というかそれが大部分だけど)、子どもや若者の教育という視点からフィンランド社会と歴史が俯瞰的に語られる。そして日本との比較がぽろっと出てくる(もっぱら日本の制度に対し批判的)。こんな感じ。

正直なことをいうと僕自身、北欧を賛美するようなタイトルの本はなんとなく避けていた。僕もある種北欧出羽守の一味だけど、なんとなく北欧ブームに乗っかったような薄っぺらい雰囲気(個人の印象だけども)が好きじゃなかった。

けれどもいざ本書を手に取ってみると少し違った。フィンランドの学校で教えられている内容もさることながら、兵役やフィンランド版PTAのような組織などが深堀されていて面白かった。

ちなみに、「フィンランドの教育は世界一」の根拠は特に示されていない。おそらく20年くらい前のPISAの結果を踏まえてのことだと思うけど、かなりミスリーディングでしょう。

まあ最近のPISAの結果を見ても、世界一かどうかは微妙なものの世界でトップクラスなのは間違いなさそう。

教育の「柱」は権利とウェルビーイング

福祉よりもボトムアップ的な「ウェルビーイング」

まずはウェルビーイングについて。フィンランドは社会福祉国家として知られているけど、教育における中心的な役割を担うのは権利ウェルビーイング(フィンランド語でhyvinvointi)。

フィンランドで、ウェルビーイングは権利と並ぶ教育の柱であるが、その意味は幅広い。健康。体に不調がなく心地よい。日々の生活の快適さ。生き生きとしている。気分が晴れやか。自尊心を保てる。他人も尊重できる。人と心地よく繋がっている。性的充足。不安がない。脅かされていない。差別やいじめ、虐待がない。障がいがあっても、支援や保護を受けられる。諸権利が侵害されておらず、護られている。経済的、精神的に安全で安心して暮らしていける。貧困、紛争、戦争からの自由。

岩竹美加子著『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』9-10頁

トップダウン的性格を持つ社会福祉(ウェルフェア)に対して、こちらは個人の生活に焦点が当てられていて、ボトムアップ的なニュアンスがある。個人個人の生活がよくなることが、国全体をよくすることに繋がるんでしょうね。

教育を受ける子どものウェルビーイングはもちろんだけれど、親のウェルビーイングもちゃんと保証されなければならないと。

著者はフィンランドで親をやるのは楽だったと書いている。出産にあたって重い荷物を病院に持っていく必要はないし、ベビーカーを押していれば交通機関の運賃は無料、保育園でのイベント等は少ない、等々。

フィンランドでは保育園は生涯教育の一環と考えられているらしく、教育の機会の平等を保障するもので、親が働いているか否かに関わらず入れるものだそうで。

おそらく保育園と幼稚園の区別はないんでしょうな。

確かに子育ては、親がしっかりやるべきことでしょう。ただ親の生活がそればかりに忙殺されていてはウェルビーイングのウの字もなくなるわけで。

親(とくに母親)が楽することに対する風当たりが強い(個人の印象だけども)日本とは好対照をなしていると思う。

自分の権利についてもしっかり教える

そして本書で(というかフィンランドの教育制度において)もう一つ印象的だったのが権利についての教育。

社会の中で他の人々と一緒に暮らしていく上で義務を果たすことは避けられない。しかし義務には権利がつきもので、両者は表裏一体だし、鶏か卵かみたいにどちらが先行すべきなのか容易に分かるものでもない。

著者のお子さんが履修したという「人生観」の授業では、道徳や義務、思想や言論の自由もさることながら、個人の権利についてもしっかりと教えられる。

選挙権は当然のこと、ストライキやデモ、異議申し立て、市民イニシアチブなど具体的な権利行使の方法も教わるのだそう。そして権利の行使とは切って離せない批判的思考も。

僕が受けた道徳の授業では、まあこの授業自体ほとんど記憶にも残ってないけど、あんまりこういった個人の権利について教わった記憶がない。

何歳から多分選挙権があるとか、親に教育を受けさせる義務があるとかは聞いた覚えはあるが、権利行使の具体的な方法については微妙。

じっさい小学校の教育指導要領にも権利に関するものはないみたい。せいぜい「楽しい家庭をつくる」くらいだろうが、じゃあ過程を作らない選択肢はどうなんだという話になってくる。

権利行使の方法を教わるのはなにも子どもだけではない。学校に子供を通わせる親達で任意に作る「親達の同盟(Suomen Vanhempainliitto)」のホームページにも、親たちの組織が社会に積極的に働きかけ、影響を与える具体的な方法が書かれている。デモや学校ストに至るまで。

やはり民主主義国家というのは、市民が行動して作るものなのだと感じた。

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フィンランドの性教育についても

日本の性教育に関しては色々と問題が指摘されている。性犯罪が後を絶たなかったり、メディア上のセクハラ発言等々、モラルに欠けた言動が目立つのは性教育が足りてないことの顕れと思われてならない。

性教育についても、僕はある種「教科書的な」知識を与えられた、くらいの認識しかない。性的マイノリティの話なんて一瞬でも話題に上ったことあったっけ。

フィンランドは子どもの性教育をしっかりやる。これは最近メディアでも取り上げられるようになってきて、僕もそういった記事にいくつか目を通している。

もちろん男女の性に関する教科書的な知識はもちろんだけど、それに留まらない。性について学ぶことで自分と他人の体を大切にすること、そして他人との上手な付き合い方というところまで広がるわけで。

「強姦は人間性に対する犯罪である」「合意のないすべてのセックスは、常に暴力である」と教科書にはこういう強い文言も並ぶ。

性暴力被害を訴える際の障害についても述べられており、「性犯罪に遭ってからすぐ通報しなかったのが悪い」というようなヴィクティムブレーミングにクギを刺す。もちろん、万が一受けた時の対処法や支援を受けられる機関の名前が記載されているそうだ。

日本のMeToo運動のシンボル的存在となっている某ジャーナリストとか、群馬県草津市の市議とか、その他大勢の性犯罪被害者への中傷の数々を見ていると、どうもこの辺の意識が欠けていると思わざるを得ません。

フィンランドも一枚岩ではない

「進んでいる」と思われているフィンランドも、やはり一枚岩なわけではなく、保守的な層も一定数いる(ここで「進んでいる」「保守的」というワードに価値判断はありません)。

フィンランドで性教育が始まったのは70年代だというし、当時はリスクを強調し不安をあおるような内容だった。性教育が進んでいるとはいえ、今でもオフィスワーカーの5分の1は職場でセクハラを経験したことがあるという。

同性婚の合法化の際も、保守層の反対に遭って、施行までに3年かかったとのこと。

フィンランドでは年齢や性別による差別がかなり弱くなっているけれど、軍隊は未だに父権的な性格が強いらしい。

フィンランドと言えど、意見を異にする人たちの議論を積み重ねていった上で、今の進歩的(前衛的?)な社会が出来上がったのでしょう。

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まとめ

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新潮社
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というわけで今回は岩竹美加子著『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』を読んだ感想をまとめてみた。

なんだか出羽守アレルギーを煽るようなタイトルだけれど、実際はフィンランドの教育ひいては社会そのものについて今まで知らなかったことがたくさんあり、筆者個人の体験もあり非常に充実した内容だった。

出羽守アレルギーさん達が嫌いな日本批判も、まあとりたてて目くじら立てるほどではなく、かなり正鵠を射ているように思える。

フィンランド社会を教育という観点で見渡せるような内容でした。

願わくば、もっとデータを示して欲しかった(例えばいじめが減ったかどうかについて)たかな。明らかにデータが必要と思われる箇所で筆者個人の印象だけで済まされているところがあったので。

あとは働いている人視点での体験談があるといいな、と思った。北欧は消費税をはじめ税金がめっちゃ高いので、その辺りどう感じているのかなーと。この辺りは現地で働いている日本人視点で語られることってすごく少ないから。

新書で内容は正味200ページそこそこなので、そんなに時間をかけずに読めるかと。フィンランドの教育やフィンランド社会に興味がある人は手に取ってみて損はないと思う。

P.S.

アマゾンのレビューでトップに出てる★1つの人、たぶん本の中身読んでない。本を読まなくても書ける程度のことしか書いてないし、自由vs規律の二項対立とか言ってるけどそんな内容じゃないよ。

……というか自由と規律は表裏一体でしょう。自家撞着的だけど、ある程度規律を順守することで自由が生まれるのでは、と思います。「人生観」の授業の章でも、義務=ルールを守ることや、権利行使の事、思想の自由のことがしっかり書かれているし。

批判するなら、タイトルだけ見るんじゃなくてちゃんと読んでください(っていうか、タイトルって著者本人じゃなくて出版者の方がつけるんじゃなかったっけ……?)。

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