北欧フィンランドには、『カレワラ』という固有の民族的叙事詩があります。

宝石店や砕氷船などあらゆるもののネーミングにこの『カレワラ』由来の単語が使われるなど、『カレワラ』はフィンランドの生活に根付いています。

その『カレワラ』を知るためにはぴったりの本がフィンランドにありました。イルマ=リーッタ・ヤルヴィネン(Irma-Riitta Järvinen)著、『カレワラ・ガイド(Kalevala Guide)』です。ちなみに英語の本です。

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そもそも『カレワラ』とは?

『カレワラ』とは、フィンランド南西部出身の医師エリアス・リョンロート(Elias Lönnrot、カタカナ表記は複数ありますがここではWikipediaの表記に準じます)が編集した文学作品。

リョンロートは1800年代前半にフィンランドの東側カレリア地方を周り、現地の口承文学を収集しました。それに彼自身が手を加えたものが、『カレワラ』のもとになっています。

『カレワラ』はフィンランドの民族を語る上で欠かせないもの。1800年代後半に当時のフィンランド大公国でナショナリズムが高揚した頃には、シベリウスやガッレン=カッレラのようなフィンランドの著名な芸術家たちにインスピレーションを与え、フィンランドの独立にも影響を及ぼしたそう。

(著名な、っていっても聞いたことねえよ、というツッコミはなしでお願いします)

『カレワラ』の世界観を描いた芸術作品として一番有名で大規模なのがアクセリ・ガッレン=カッレラのこちらの作品でしょう。フィンランドファンならおそらく一度は聞いたことのある「アイノ」の場面を描いたものです。

老ヴァイナモイネンがアイノという少女に結婚を申し込みますが、嫌がった彼女はそのまま水中に身を投じ、魚に姿を変えて立ち去る、という場面。

ガッレン=カッレラは他にも復讐に燃える青年クッレルヴォの場面なども描いています。そしてフィンランドの作曲家シベリウスも、カレワラについての曲をいくつも作曲しています。

主人公は、風の乙女イルマタルから生まれた賢者ヴァイナモイネン(Väinämöinen)。老人の姿で生まれてきたというどこぞの映画のような設定です(ただその映画とは違いどんどん若くなっていったりはしません)。

そして重要人物して鍛冶師イルマリネン(Ilmarinen)、北の大地ポホヨラに住まう魔女ロウヒ(Louhi)、悲劇の最期を遂げるアイノ(Aino)などなど。個性豊かで非常に人間味のある登場人物たちが物語を紡いでゆきます。

エリアス・リョンロート。from Wikimedia Commons

著者のリョンロートはフィンランド(当時はスウェーデンの一部)南西部のサンマッティという村出身。人文科学から自然科学まで広く精通し、医師やジャーナリストとしても活躍するなど多才な人物だったそうです。

トゥルク大学では医学の他に、古典ラテン語、古典ギリシャ語、歴史や文学なども学び、フィンランド語の地位を向上する運動に参加していた知識人と知己になります。大学卒業後はフィンランド中央部のカヤーニで医師として勤めます。

その後彼は作家トペリウスに影響されカレリア地方にて口承文学蒐集を開始。時には徒歩で、時にはスキーで、長い時には数千キロも旅したそうです。そして1835年に『カレワラ』の最初の版を、1849年に少し手を加えた新しい『カレワラ』を出版します。

彼が紡いだ『カレワラ』の物語は多くの言語に翻訳されました。『カレワラ』がフィンランド国内で評価され始めたのも、イギリスなどの外国で評価されたことが始まりでした。『カレワラ』の最初の邦訳は、1937年に出版された森本覚丹によるものです。

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『カレワラ・ガイド』

と、すごく面白そうなカレワラですが、全て古いフィンランド語で書かれています。それに『カレワラ』で使われているフィンランド語は特殊なもので、普通のフィンランド語やカレリア語は違うようです。

フィンランドでは子ども向けのものが多く出版されていますが、正直こういう古い詩って日本語訳でもあまり読む気がしないんですよね。カレワラがどんな物語なのか知りたいけどフィンランド語で読むのはちょっと(+英語なら大丈夫なんだけど)……という僕のような方には、この『カレワラ・ガイド(Kalevala Guide』がぴったりだと思います。

『Kalevala Guide』著者のI.R.ヤルヴィネン博士は、フィンランド文学協会に属していて古い文献の管理をなさっている方。

本の構成は、以下のようになっています。

  1. イントロダクション
  2. 『カレワラ』の内容、物語の進み方
  3. 登場人物と地名
  4. テーマと世界観
  5. L.リョンロートの『カレワラ』蒐集の足どり
  6. 『カレワラ』の特徴
  7. 歌い手たち
  8. 『カレワラ』のモデルになった他の叙事詩
  9. 『カレワラ』と芸術
  10. 『カレワラ』と翻訳

『カレワラ』の詩そのものが掲載されているわけではないのですが、本書の第2章ではカレワラのストーリーが章ごとに要約されており物語の大枠をつかむことができます。第3章と第4章ではカレワラの世界観を形作る個性豊かな登場人物たちや基本的な概念(たとえば「サウナ」など)が解説されておりとても面白いです。

そして巻末には関連するウェブサイトや英語とフィンランド語の文献が紹介されています。地味ですが非常に便利です。

エリアス・リョンロートとカレリア

僕にとって特に興味深かったのは、カレワラの作者エリアス・リョンロートの、カレリアの旅です。

エリアス・リョンロートは、カヤーニで医師として働く傍ら、1828年にカレリア地方で口承文学の蒐集を始めました(1828年の蒐集は医師として働く前)。

当時のフィンランドはロシア帝国内のフィンランド大公国で、カレリア地方はその東部に位置します。現在は大部分がロシア領で、一部がフィンランド領になっています。彼の口承文学蒐集の旅は11回にもおよび、フィンランドから南極に至るほどの距離を移動したようです。

その蒐集旅行の間に現在はフィンランド領であるケサラハティ(Kesälahti)や、ロシア領のラトヴァヤルヴィ(Latvajärvi)、スイスタモ(Suistamo)、ヴオンニネン(Vuonninen)といった村を訪れました。

そこで出会ったユハナ・カイヌライネン(Juhana Kainulainen)、アルヒッパ・ペルットゥネン(Arhippa Perttunen)、マティヨイ・プラットネン(Matjoi Plattonen)、オントレイ・マリネン(Ontrei Malinen)などといった偉大な語り手に出会い、リョンロート自身も手を加えたりして、カレワラの物語を紡いでゆきました。

おそらく日本語で書かれた本では語られてこなかったであろう、カレリアの生活環境が浮かんでくるような気がします。口承文学の継承者たちの顔写真もあり、『カレワラ』の世界がよりリアルに感じてきます。いつか、こういった『カレワラ』を生み出したカレリアの地の村々を訪れてみたいものです。

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おわりに

以上、Kalevala Guideという本を紹介しました。

この本はTiedekirja(ティエデキルヤ)という書店から出版されていますが、日本のネット通販だと手に入らないようです→日本のAmazonでも中古品で出品されていました。ただし4,000円超えと非常に高価なのであまり現実的じゃなさそうです。

なので、Tiedekirjaの通販サイトから直接注文するか、あるいはアメリカのアマゾン(Amnazon.com)を通して購入するのみのようです。お値段は通販サイトによって大きく違いますが、安くて15ユーロ程度。

『カレワラ・ガイド』はお手軽なハンドブックサイズで、『カレワラ』導入本として非常によくできていると個人的に思います。作者リョンロート自身について、彼がたどった旅路や道中で出会った歌い手たち、『カレワラ』の世界を深く知るために大切なキーワードなどがしっかりまとめられています。

これが一冊あるだけでも『カレワラ』世界観を深いところまで理解できるでしょう。

ちなみに『カレワラ』を読むなら、リライト版『カレワラ物語―フィンランドの国民叙事詩』(キルスティ・マキネン著)が読みやすいのでおすすめです。

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