こんにちは。めいげつです。

僕は片方の親が外国生まれだとか、小さい頃に海外に住んでいたというわけではなく日本で生まれ日本で育ってきたのですが、僕にとって外国語というのは僕の中の大きな部分を占めています。それがもとで留学もしたわけですから。

最初の方はそれこそ英語を話せるようになりたい、という一心で頑張っていました。が、最近は英語以外の言語にどんどん興味が湧いてきて(湧きすぎて困るくらいです)、英語に対しての興味は当初ほどはなく、今は半分コミュニケーションのためにツールと化している状態です。

そんな僕は今までどんな風に外国語と関わってきたのか、ざっと振り返ってみたいと思います。

◆関連記事◇

Sponsored Link

0~12歳(中学入学前まで):外国の文化への興味

先ほども書きました通り僕は俗にいう「ハーフ」であるとか、幼いころ外国で育ったとかいう帰国子女ではありません。日本語を母語とする両親のもとで日本で生まれ育ちました。

つまりいわゆる「純ジャパ」です。

特に何がきっかけだったかは覚えていませんが、外国の文化というものに小さい頃から漠然と興味を持っていました。よく聞く話です。

ですが、本格的に外国語を学んだことはありませんでした。

 

小学校に上がってからは、たしか中学年の時に、国際理解教育と銘打って一学期に1~2回ほど、外国人の先生を招いて英語を遊びながら学ぶという時間がありました(エルサルバドルから来た先生をよく覚えています)。

特に英語が話せるようになったわけでもありませんが、とても楽しかったことを覚えています。

僕の小さい頃の外国語との関わりはこれくらいです。

13~15歳(中学~高校入学前):英語の授業が始まる。

BiljaST / Pixabay

中学校に入学し、いよいよ英語の授業が始まりました。まずABCの歌から始まり、訳の分からない文法用語(3人称単数って何だよ…)に惑わされながらも普通に授業についていきました。

最初の英語の先生がとても面白くいい人で、一番最初の授業でRの発音を教えてくださったのを今でも覚えています(後に発音を教わらない人がいると聞いて驚愕しました)。

ただLの発音は教わらなかったので自分で習得しました(これも良く利く話ですが、「Lux Super Rich」のCMで外国人のお姉さん(誰だっけ)の発音を聞いて雷が走りました)。

当時は英語は特別苦手でも超得意でもなく、コンスタントに8割くらいの点数をキープするくらいでした。中学の最初の方は数学と理科の方が点数をとれましたし、後になってからは国語の方がより得意になりました。

なのでこの頃は特別「英語が好き!!!」っていう訳でもなかったですね。

Sponsored Link

15~18歳(高校~大学入学前):英語が伸び始める。

高校生になりました。英語が得意になり始めたのはこの頃です。

高校1年生のときはそうでもなかったのですが、2年生にあがったくらいからテストで点がとれるようになりました(高校生の勉強が「得意」っていう基準はテストの点数ですよね)。

高校3年生では学年トップ5に入ります。3年生で最初に受けた模試(たしか5月の頭)では、既に英語の科目で7割とれたくらいでした。

将来英語が話せるようになりたかったので、それが勉強のモチベーションになっていましたね。教科書の英文を音読したり、自分で英語の教材も買いました。

この教材の音源がナチュラルスピードでめちゃめちゃ速かったのですが、3ヶ月くらい毎日リスニングしていたら耳が慣れていきました。その後はCNN Student NewsとかYoutubeの動画を見てリスニングを鍛えてました。

受験科目の中では英語が得意だったので、受験する学部は英語の比重が大きいところを選びました。

ちなみにフィンランドに興味を持ち始めたのもその頃で、大学がフィンランドの大学と交換留学協定を結んでいたかどうかも見ていましたね。

受験が終わった後は、どこかで「フランス語は世界で2番目に広く使われている言語である」というようなことをどこかで読んだのを思い出し、第二外国語もとらなきゃいけないしフランス文化も面白そうだし、とフランス語の学習をとあるYoutubeチャンネルでゆるーく始めました(リンク先の101.comは外国語学習のとっかかりには大変おすすめです)。

18~19歳(大学生活前半):フィンランド留学まで

そして、とある大学の1年間の留学が義務という学部(もうこれで絞れそうですね。まあ隠すこともないんですけど)に入学しました。

この学部での授業は基本的に英語で行われるので、英語力をかなり鍛えられました。高校のときに英語(のテストで点をとること)が得意だった僕は、当然のように英語を流暢に話す人たちに囲まれて衝撃を受けました。

授業中先生の話を英語で聞くこと自体は問題なかったのですが、それを90分間、ノートをとりながら聞くのは至難の業でした。しかしこういう時期があったからこそ今の自分があるんですよね。

第二外国語としては、やはりフランス語を選択します(フィンランド語の授業なんてないし)。必要な単位は4単位で、週2回の授業を1年間とり続けました。

フランス語をやるのは楽しくてかなり真面目に取り組んだため、途中までではありますが習った文法はしっかり身に着きました(先生にも気に入られた)。これは後にフランス語学習を再開した時に役に立ちます。

そして大学1年生の夏ごろ、たしか7月だったと思いますが、↑で紹介したYoutubeチャンネルのフィンランド語版と大学の図書館で見つけた教材を使って、フィンランド語の学習を始めました。

この頃であと特筆すべきことはTOEFL iBTの受験。ヘルシンキ大学に留学するためには最低79点が必要だったのですが、3回受験してようやく83点をとりギリギリで最低点を超えることができました。

この最後のテストのとき2週間しか時間がない中猛勉強してスコアをかなり挙げられたのですが、このことは別に記事を書こうと思います。

それから、10月に留学の願書を出し、確か2ヶ月後くらいに校内選考突破の通知が来ました。

この年の秋学期には日本語教育の授業を3つほどとっていたのですが、そのうちの発音習得の先生が気を利かせてくれて、知っているフィンランド人の交換留学生のアドレスを教えてくれました

その学生とはしばらくラインでメッセージをやりとりしていたのですが、春ごろに実際に会い、人生で初めてフィンランド語での会話をしました。初めは緊張しましたがやっぱり楽しいものです。

その後も彼の他にフィンランドから来ていた留学生2人とも会って会話をしました。

この頃(大2の4月~12月まで)はフィンランド語に集中していて、フランス語はほとんどやってませんでしたね。

そして大学2年生の夏休みを何事もなく過ごした後、フィンランド留学という大イベントが始まります。

◆関連記事:フィンランド語学習にヘッドスタートを。初学者におすすめの教材を紹介!

Sponsored Link

19~20歳:ヘルシンキにて

秋空の下のヘルシンキ大聖堂

秋空の下のヘルシンキ大聖堂

ヘルシンキに来た後は、英語力とフィンランド語力の増強に追われる日々。正直留学が始まった当初の英語力は大したものではなく、他国からの留学生とのかかわりが多かったのでメインはどちらかというと英語でした。

フラットメイトの一人はケベックから来たフランス語ネイティブだったのですが、お互い英語力を延ばしたかったので基本的に英語で会話。フランス語ちゃんと続けていればよかったなとちょっと後悔。

僕の留学生活はやはり外国語を話すことが多かったのですが、同時に自分の母語である日本語とも違った角度から関りをもつようになります。

やはり外国語に囲まれて生活しながらも、たまには日本人留学生と日本語を使い(絶対的なマイノリティってやつですね)、母語である日本語を現地の学生に教えたり(日本語を少し外からの視点で見始めます)していたので。

◆関連記事:海外の大学留学中に日本語ボランティアをすべき理由【英語の勉強もいいけど】

 

メインの外国語は英語だったのですが、ヘルシンキ市内の外国語イベントに参加したり、そのイベントで、あるいはアシスタントをしていた日本語のクラスで知り合ったフィンランド人学生と、時折フィンランド語と日本語のランゲージ・エクスチェンジをしていました。

また大学でも週に1回ランゲージ・クラブというものを開催していたので毎週のように参加していました。基本的にフィンランド語のテーブルにいましたが、たまに母語話者として日本語のテーブルで日本語を勉強している学生のお手伝いをしていました。

◆関連記事:時間があれば行っても良いかも。ヘルシンキのマイナー観光スポット6選

大学でも、フィンランド語の授業をとりました。

クラス分けテストを受けた結果、交換留学生向けの授業ではなく、正規に入学している学生向けの授業をとることになりました。

でもその授業は日本の外国語の授業とあまり変わらず、文法重視でたまに会話練習をする、という程度のものでした。

なのでクラスメートとはクラス外でもフィンランド語で会話したり、大学の内外で言語イベントに参加したり、ランゲージエクスチェンジをしたりと自分で動く必要がありました。

本屋でフィンランド語の本を買ったり(『星の王子さま』『ナルニア国物語』『ムーミン』のフィンランド語版)しましたし、毎日ニュースに目を通したりポッドキャストを聞いたり。そういえばサッラ・シムッカの『ルミッキ』とうい小説も買ったんですけど途中で挫折して以来放置してるなー。

そういえば自分でも忘れがちなのですが、秋学期の間だけスウェーデン語の授業もとっていました。やはり楽しかったのですが、初級クラスなのに周囲のレベルがなんか高すぎたのと、フィンランド語に集中したかったのでとりあえず試験をパスしたらそのままおさらばしました。

そして年が明けて春学期が始まると、フランス語学習を再開。フラットメイト(アシスタントしてた)がお勧めしていた先生のフランス語の授業をとりました。

この頃ちょっと困ったことが起こります。フィンランド語のモチベーションが急激に下がり始めます。主な原因は英語やフランス語に比べてフィンランド語を使っている人口が少なく地域も限られていること。

結局一時的にモチベーションが上がることはあっても、現在まで低いままです。一応、続けてはいるんですけれど……

20~21歳:帰国後から現在まで

青空の下のレギスタン広場

青天の下のレギスタン広場。2018年9月下旬、ウズベキスタンのサマルカンドにて

帰国後はフランス語に目覚め、夏休み中フィンランド語そっちのけでガーっと勉強しました。フランス語についてはモチベーションが落ちることなく今まで続けています。

一方フィンランド語はというと、帰国後の3ヶ月間はほとんど触っていませんでした。その後このままではいかんと再び始めたのですが、簡単なフィンランド語のニュースやYle Uutisetの記事を読む程度のものでした。

つい最近、フィンランドの人とスカイプをし始めたのですが、いやー会話は大分できなくなってましたね。ただ2回目の会話からはかなり感覚を取り戻しましたが。

フィンランドから帰国後に大学の主催するTOEICテストを受け(たしか履歴書には書けないタイプのやつ)て肩慣らしをし、その後公式に受験したところ950点を獲得しました。

まあTOEICは基本リスニングとリーディングだけなので、大学の授業で英語に触れていればこんなものです。

そして2018年の11月に、旧ソ連の国に行ってみたいとの思いからロシア語を始めました。

最初の方こそ楽しく勉強してましたが、最近は正直あまり真面目にやっていなかったので、もうすぐ始めてから一年経ちますが初級者レベルから脱せていません。

ですがそれでも、先月のウズベキスタン旅行での実践ではしっかり役に立ちました。スーパーで買い物をしたり、タクシーの同乗者と軽~い雑談をする程度でしたが(「どこから来たの?」――「日本」、「タシケントで何した?」――「特に何もしてないよ」くらい)。

まだ旧ソ連諸国には興味があるので、余裕のあるときにちょっとずつ続けてみようと思います。

今年の4月には興味本意で大学のアラビア語の授業をとってみました。が、授業は週1回にもかかわらず半期で脱落。あのにょろにょろ文字を読めるようになってみたかったし、イスラム圏への興味はものすごくあったのですが……

あの頃は何だか非常に疲れていて、アラビア語含め3つの授業で単位を落とすという人生初の失態を犯してしまいました(それまで一度たりとも単位を落としたことはなかったのですが)。もっと余裕が出てきたら再開したいですね……

 

 

さて、僕の外国語学習史は以上です。ざっと見てみて気づいたのですが、僕の小さい頃の外国語歴はあまり大したことなくて、大学に入って以降、特に最近の1年くらいにかなり集約されていますね。

僕の外国語学習歴をまとめてみると、
英語:9年3ヶ月
フランス語:3年1ヶ月
フィンランド語:3年1ヶ月
ロシア語:1年2ヶ月
スウェーデン語:3ヶ月でストップ
アラビア語:2ヶ月でストップ

……といったところでしょうか。正直年数にレベルが追い付いてないのが頭の痛いところです。

それなのに新しい言語への興味ったら留まるところを知らず、ついこの間ドイツ語の教材を図書館で借りてきてしまったくらいです。

挫折したスウェーデン語やアラビア語も再開したいし、中国語やペルシャ語なんかにも興味があります。知的好奇心てのは全くどうしようもなく強まるばかりです、本当に。

 

ではこの辺りで終わりにします。お付き合いいただきありがとうございました。

Header Image by Tumisu / Pixabay